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テンペストからつらなるつれづれ

昨日は劇場版テンペストを観てきました。 映画館はアバター以来。 テンペストってシェークスピアでしょ、なんで仲間さんが主演なんだろ? と言うほど何も知らずに観ました。 ぶつぎれ、こまぎれみたいな演出や ぎりぎりセーフなところや、アウトなところも多々ありましたが ところどころのいいセリフや、沖縄の文化や歴史への興味共感、 一部のいい演技などに救われて楽しめました。 終わってみたら、脚本が大森寿美男とあり、そうだったのか、と思いました。 彼とは劇団300(さんじゅうまる)の「1の1の6」という芝居の公演で 役者として一緒に出ていて 3ヶ月という長丁場で最後は山形公演まで行って その後もしばらくとても仲良しだった記憶があります。 大所帯の中で、当時仲良しクループだったのが 大森くん(もりもり)と後にテツandトモでブレイクしたトモと 多分今でもショービジネス界で活躍している成瀬海彦(なるなる)でした。 トモなんて確か19歳だったと思います。 大学生で、優しくていい子で、山形なまりで、詩吟がうまくて、あほでかわいかった。 宇梶(剛士)さんもご一緒だったのですが、宇梶さんをすごくしたっていましたね。 宇梶さんはものすごくいい人で私も大好きでした。 私は彼を確か「ボス」とか呼んでいました。 テレビで拝見するとよくわからないのですが どまっすぐでスケールが大きく純粋な方だったと感じました。 旅中はよく、宇梶さんにマッサージをお願いされました。 「あなたのはマッサージなんていうちゃちなものとは違う。 頼む、俺の腰を何とかしてくれ」とか言われて。 当時からヒーリングのできる手だったようですね、私。 なるなるは同じ年でインテリで、ものすごい美形で、気品があって大好きでした。 座長の渡辺えり子さんにはあまり認められていなかったようだけど。 後におかまとしてブレイクしたのをみつけて、なるほど~でした。 もりもりは、一歳違いでお誕生日が一日違いで 当時から自分の劇団を率いていて 詩的でちょっと薄暗い脚本を書いていました。 その薄暗さは純粋で好きでした。 闇ではなく美しい薄暗さで。 渡辺えり(子)さんは当時から売れっ子だったけれど 彼女の世界はおおざっぱで場当たり的でひとりよがりであまり好きじゃなかった。 もりもりの繊細さは、当時ではまったく売れそうに無かったけど 後に脚本家として有名になって その脚本は社会派ドラマなんかが多かったりして それでもところどころにきりっとした切り替えしがあり 「この言葉でなくてはあらわせないんだ、この悲しみは・・」 という風に言葉が並んでいたりして嬉しく思ったりしています。 20年以上が経っています。 でも本当に、20年くらい経たないとわからないことってたくさんあります。 この言葉は大学の演劇専攻の同級生でずっと役者をやっている子の言葉。 20年くらい経たないとわからないことってあるよ、なぁ~。 20年くらい経って深く思い出せるような出来事や思い出を共有できる仲間って その時はわからないけれどただならぬ縁とつながりなんだろうなぁと思います。


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