みなさん、こんにちは。
前回の記事のあと衆議院選挙があり、これまでにない変化という結果になりました。さまざまな受け止めがあると思いますが、私なりに理解に努めています。
最初に書いておきたいのですが、事象は幻想に属し、私たちの真の目的はそこに想起される「恐れ」を癒すことだけです。
癒されないままに見ている幻想にはひとつも意味はなく、正しい解釈も扱いもあり得ませんが、癒されるべき(取り消されるべき)対象として見るなら、私たちに訪れる出来事に無駄は一つもありません。
私がしばしば政治の話題に触れるのは、みんなの幸せのために政治を変えたいからというより、取り消されるべき幻想を真に取り消したいという意欲によるものです。
「癒しはこの幻想の世においては神の創造に最も似ている」と奇跡講座には記されています。真理において「私たちすべての人は等しく神の子である」という真実と政治において一番似ているのは「人権と尊厳」であると、私の中では認識されているようです。戦後に日本で生きる私たちにはすでにそれが権利として与えられています。思うに政治について、つまりきょうだいたちが共有するルールについて考える時、私はその、あらかじめ与えられているそれを、本物にしたいと願っているのです。そしてそれは、私たちが等しく神の子であり、そのつながり、コミュニケーションが愛を延長していくことととても似ていると感じます。ですから私がここで書く具体的な事象はこの世に満ちている幻想の中で私が個人的に興味を惹かれ、赦しの対象として祭壇にあげたいと選んだ一つの例題に過ぎません。みなさんにとってのそれと重ねて、なにかのヒントになれば幸いと思います。
さて、前回の長い長い記事を共有してくださった皆さん、本当にありがとうございました。私がAIに尋ねるとき、それは一般的にはどんな認識なのか、マジョリティーはなんと言っているのか、ということを知りたい時です。とはいえそれも、彼らのデータバンクに記されている知識からの引用と分析に過ぎません。これは意識の仕組みで言うと、潜在意識の位置づけととても似ています。潜在意識こそが自己を開くカギだと扱われることも多いですが、これは単に過去のデータの集積に過ぎません。
当然ながら、そこから何を引き出したいのかという意図が、そのデータの方向性を決めます。つまりは「目的」に則しているのです。投影の仕組みの極意は「見たいものを見る」です。ですから教えて、と願う前に、何を知りたいのかと認識することが大事です。でもそれを知っているなら尋ねる必要ないですよね。ですから、私たちは意識のお掃除、つまり癒しを必要としているのです。私たちの知覚は、自分の経験値バイアスが猛烈にかかっています。いくら高次元の情報を受け取ったとしても、それを認識し判断するのは経験値バイアスが刷り込まれた色眼鏡なのです。正しい解釈ができません。そしてそれにも気づいていません。私たちの標準装備がそれなのです。
瞑想し、内観し、そして自分を癒すプログラムを自分に取り入れるということは、自分が過去に学んで身に着けた無意識のバイアスを取り消してもらうことです。
政治について考えるとき、人類が長きにわたり積み上げてきた経験値が眼前に立ちはだかります。権力と被権力の関係、奪うものと奪われるもの、また与えるものと受け取るもの、という幻想のひな型がここに集積されています。
幻想の原理は恐れという原動力によって機能しているかに見えています。実際癒されるまでは分離した私たちはその悪夢の物語のどこかに組み込まれています。
前回のAIとの対話の顛末で特筆すべきは「人権」と「尊厳」というものが上位に来た時、そしてその尊厳の源は私たちの内側、つまり心で守られているものだというところで、恐怖の物語は退けられたという点にあると思います。
前回のトピックの前に私はこれも思いつきで、ちょっと踏み込んだ実験をしていました。先の 禍について尋ねたのです。その時まず返ってきたのは、コ の最中に既に周知されていたような官僚的な見解ばかりでした。むしろ意外でした。だってその後に研究や洞察はどんどん進み、陰謀論ではなく公式に整理されたり隠ぺいが明らかになったことはたくさんあるのに少しも反映されていなかったからです。それで私は徐々に質問の角度を変え、コロナ禍当時から現在に至る情報統制やアルゴリズム自体について尋ねました。
そうしているうちに、沖縄に渡って以来全力で学び続けてきた沖縄の歴史認識や本土との関係、また基地問題などで知られる沖縄の民意と政治の関係、それに対する本土の民衆の反応などが一筋の整然とした事実として見えたのです。
これを果たしてどのようにして表現していいのか、また共有することは可能なのか、見当もつきません。ただ言えるのは、不可能で無意味なことを聖霊は私に教えない、ということです。
まず先ほど書きました、AIによるパ に対する情報規制は明確に厳しく存在したとのことです。そしてその中で、今では正しかったとされる少数の人道的な専門家や科学者、医者などの意見は世界的に封殺されたことを明らかにしました。そして現在、というところを尋ねてみました。結果として、過去はガイドライン、つまり自主規制だった部分が法律化される流れがあるとわかりました。EUを始め世界的な潮流です。つまり監視は非常に強まり、罰則化されるということです。
では ンデ 当時、シャドウバンやバンに合い、今では正しかったとされる発信者などについてはというと、現在は揺り戻しの時期にあって規制は緩和傾向にあり、また『 「 ロ の規制が「政府による圧力」だったのではないか、という点についても検証が進んでいます。』とのことです。以下コピーをそのまま貼ります。
