AZU WORLD

トータルヒーリングスペースRUACH[ルーア]沖縄 心のセラピストAZUからのメッセージ

RUACH沖縄・心のセラピストAZUから、無料遠隔ヒーリングのお知らせです

みなさんこんにちは。今日はAZUよりお知らせです。

久しぶりに無料一斉ヒーリングを行いたいと思います。ご参加いただければ嬉しいです。

 

エネルギーは離れていても届きます。私のセッションメニューにも、遠隔ヒーリングというものがあります。不思議ですよね。

対面であれば熱とか音とか、からだから出るエネルギーをなんとなく想像できそうですが、離れていて、しかも会ったこともない人からなどとなればますます不思議です。

 

レイキ伝授の時にいつもお話することを少し書かせていただきます。

遠隔ヒーリングや遠隔の伝授を、手やからだから出るエネルギーを遠くまで空気を通過して送るとイメージすると、無理がありませんか?例えば日本からアメリカまで、地球を半周して送るなんてとても大変そう。

多くの方が、私にはできない、かも?と思わるようです。

 

量子力学では、人の思念の伝わり方は光より速い、かも?という見解があると読んだことがあります。人間の想念にはものすごいパワーがあります。過去世の記憶が人間の潜在意識に在るというのはまさに驚きですが、実際にはどうやら、そういうことがあります。

心で攻撃していたらどこかにダメージが行きます。エネルギーには波形がありますから、ちから(影響力)があるのは想像がつきますよね。

この波形は空中を伝わる電波みたいにイメージできるかもしれません。

私たちのからだは意識エネルギーの受信機であり発信機です。

肉体や想念のエネルギーは荒い波動ですので物理次元に伝わりますが、愛や叡智と言える高次元の波動は高く細かく、そして空間ではなく時空を超えた次元を通して働きます。

そこが、魂とか神の領域です。

それは、私たちの心で言えば、中核にあります。

その中心で、私たちはみんな一つにつながっています。

この無限の空間の中に一緒にいるのだから、わざわざ外の空中を通して遠いところに送るのではなく、中を通ればいいわけです。

遠隔ヒーリングはこんなふうに内側から起こします。

そして離れているその人に直接共振を起こします。

ですから相手の人は、その人の内側にある内なる神さまからのバイブレーションを受け取ります。

イメージできますか?

このことをセッションでお話しするとみなさん、なるほど~、ああ~!わかった!わかりやすい!と言ってくださるから不思議です。

文字で書くと本当に難しいのに。

セッションではエネルギーの直接共振が起こっているから伝わるのだと理解しています。

こんなふうにしてセッションでは、知識だけではなかなか腑に落ちないようなことも、お話するうちにぱっと共有することができたりもします。その時は本当に楽しいものです。

 

さて冒頭のお知らせに戻ります。

こんなヒーリングを、私から発信して複数に受け取っていただくのが一斉ヒーリングです。直接共振しましょう。内なる神さまからの愛を受け取ってください。できたらご自身の内なる神さまと仲良しになっていただけたら、そのきっかけになったらと願っています。

 

ご参加に際して2点お願いがあります。

お受けになる際に、あなたにとって大切な人お一人以上の方に、心の中でエネルギーをおすそ分けしてほしいのです。

「私が受け取るエネルギーがだれだれさんにも届きますように」というふうに。

レイキや高次のエネルギーは、必要な人に必要な分だけ届きます。

ですから、もしその人にまったく必要なければまったく影響は与えません。

ですからどうぞご心配なく、ただ無条件の愛として、祈ってください。相手の方は変わらないかもしれませんが、あなたの祈りはあなたご自身に必ず還ってきます。

神は、愛は、無限に拡大します。そのお手伝いをあなたにお願いしたいのです。

もう一点は、ご感想を簡単で構いませんので私に送ってください。ご感想は、プライバシー保護に配慮したうえで、HPやこのブログに掲載させていただく可能性があります。

無料、一斉とはいえ、充分に準備をして丁寧に行わせていただきます。
有料との違いは、個々のテーマを伺わず、エネルギーリーディングをしないという点です。よってフィードバック、フォローのご連絡もいたしません。

よろしくお願いいたします。

 

自分を癒すことは、他者を、世界を、宇宙を癒すことです。

ご体験いただけたら幸いです。

 

 期日 7月17日㈬ (旧6月15日・6月ウマチーです。自然と実りへの祈りの力をお借りします。)10時~この日いっぱいお好きな時間にお受け取りください。

 

場所 みなさんのおられる場所で

 

受け方 目を閉じて、内なる神さま(そう感じられるところ)に、またはご自身のハートに向かって「今からAZUさんのヒーリングを受けます」と宣言なさってください。

次に「だれだれさん(こどこど)にも届きますように」と添えてください。複数でも構いません。

あとは可能な限りリラックスしてお過ごしください。お時間がない場合は動かれてもかまいません。またはそのままおやすみになられても結構です。

後日で構いませんのでメールでご感想をご一報ください。

 

お申込み お名前、生年月日、ご住所をメールにてお送りください。こちらから折り返し2日以内にご返信します。お返事が届かない場合は再度ご連絡ください。

 ✉ ruach@live.jp

締め切り 前日7月16日18時まで

 

ヒーリングには好転反応と呼ばれる現象が起こることがあります。多くは眠気、だるさ、ともと持っている症状などです。変化に伴うことですのでできたら歓迎してあげてください。お水をこまめに、普段より多めに摂って、できるだけゆっくりお過ごしください。

ヒーリングについてはHPもご参照ください。

iyasiokinawa.com

 

ご質問なども承ります。

お申込みをお待ちしております。

 

感謝とともに

AZU拝

ビジョン!

今日は私がとても注目している、7月21日の参議院選挙についてお話します。

選挙は私たちの暮らしに直接かかわっています。東京で暮らしている頃はほとんど実感がありませんでしたし、なにしろいつも生きることに疲れていて、それは自分の個人の問題であり、自分の能力の不足や体質や育った家庭の問題だとしか思っていませんでした。

沖縄に来て、環境が大きく変わり、見るものすべてが私の慣れ親しんだものと違うことで、これは社会の在り方や人と社会のかかわり方の問題だったという気づきがたくさんありました。

私の仕事のことでも数知れぬ発見がありました。東京から覗き見る楽園のイメージとはかけ離れた現実を、とても興味深く、そして大切に丁寧に理解に努めました。

東京と沖縄の一番の違いは、戦争が過去に終結した歴史と認識されているか、続いているものと認識されているかの違いだと思います。

それが一番の大きな違いだと私は思っています。

どちらが真実かと言えば、沖縄の認識が正しいと私は思います。東京では新しいものに覆い隠されて傷跡が見えません。でも傷が残っていてまだ手当を必要としているので、痛みや苦しみは現存しています。東京ではいろいろな苦痛があるけれども手当すべきものが見えていません。

沖縄にはもっと痛々しい姿で深い傷がありありと残されています。それは手当を必要としていて、人々はそれを理解しています。社会がそれを理解しています。

ですからこれが大事、これが必要、或いはこれはいらないと、的を得た考え方が通ります。

私は、これが本土と沖縄の認識と主張の違いに出ていると思います。

沖縄の信仰とか聖地を、本土の人は「遺跡」のように認識します。過去に重要だったものの抜け殻、生き物で言えばはく製みたいに。

でも沖縄の信仰と聖地は人と共生しています。命あるものです。そういう圧倒的な感覚の違いがあります。私は沖縄のそういう姿が好きです。

 

私は今の日本の国政に危機を感じています。私が気づき始めたのは大きくは311の後からです。自分の中には圧倒的に経済の仕組みへの理解が不足だったので、私の理解を一般化するのが困難でした。自分こそが末端の貧困層に生きてきたからです。

でもここ最近、急激にこの経済の謎が解け、理解が広がりました。すると、今から私たちがどのような社会を目指せば良いのかが見えてきました。意識の探究を始めた頃に描いた夢である、愛中心の社会。これは決して突飛なユートピア発想ではなく、構造のゆがみや盲点を修正し、本来あるべき姿の上に成り立つ、無理のない、そして限界のない、思いやりに満ちた社会です。

その青写真を丁寧に明確に示してくれたのが、今回れいわ新選組から出馬されている10人のブレインです。

www.youtube.com

その実体験と知恵の中にそれは構築されています。公約はすべて目標というよりは当たり前の結果だと思います。私たちが虚構や欺瞞によって目隠しされている部分を彼らが明らかにしてくれています。それが真実だということを、あとは私たちが受け入れ支持するかどうかにかかっています。

動画を見れば直観的にわかるかたも大勢いると思います。私はそうでした。彼らの生きざまとそこから生まれた哲学や知識がエネルギーとして伝わりました。

昨日は那覇に、代表で現職の山本太郎と、うちなーんちゅで東京選挙区に立候補している野原ヨシマサさんが街宣にみえました。

どういう方なのか、どうして東京から立たれたのか、興味のある方はお調べください。私もほぼネットだけでいろいろ調べています。

以下は昨日19時から行われた街宣から戻ってすぐにFacebookにアップした文です。殴り書きですがそのまま掲載します。

もし棄権なさろうとしている方がいらしたらその前にぜひお調べください。比例区山本太郎をご検討ください。

知念村から県庁前まで大移動してただいま帰宅しました。
第一報です。
周辺の駐車場いっぱいだったらどうしよう、人気すぎて…などという心配をよそに、非常にコンパクトな集まりでしたが、山本太郎さんと野原さんの演説にはパワーがあり徐々に人も増え、白熱した一体感がありました。とても良かったです。集まった人も偏りのないいろいろな方がたでした。
三宅洋平の時はレイブか、という感じでしたが。
野原さんの演説は特に、これまで動画で見てきた中で最高でした。
報道はRBCのテレビカメラが1台見えました。琉球新報沖縄タイムスの取材などが見当たらないのがとても残念です。(あったのなら本当に嬉しいです)
野原さんは確かに東京選挙区からの出馬なのですが、うちなーんちゅの代表に違いありません。
しかも公明党に反旗を翻し、創価学会の魂に問いかけるというこれまで誰もなしえなかった聖なる闘いに臨んでいます。
県民みんなでの応援があってもいいのではないかと心から思います。また、公明党の処し方、在り方に疑問を感じている心ある学会員のみなさま、どうか応援をお願いしたいと(私なんぞがどこに向かって投げかければよいのかわかりませんが)心から思います。
太郎さんの安定した気迫あふれる一言一言のすべてに「そうだ!」と叫びたかった。
またYouTubeで動画が上がったら、そこで女のでっかい声が聞こえたら、それは私です。ちなみに相当後方から叫んでいますのでマイクが拾っていないかもしれませんが気合は宿っていると思います。

太郎さんに国会で戦ってもらうには300万票以上が必要とのことなので本当にひやひやします。
自分は半分仙人のように暮らしていますので、こんな風に奥地から心の叫びと静かな祈りで応援します。
どうしてこんなに必死になるかというと、本当に日本がだめになって、みんなが不幸になるところを絶対に見たくないのです。自分はもちろんですが、それでもみんなが元気でいてくれれば助けてもらえるじゃないですか。
私はちょっとした予知とか予見の力みたいなものが鋭いので、このまま行くとこうなるというのが結構わかります。それはもう311の直後からこうなってこうなって、と、思った通りです。だから、変える力が必要です。
それはただ制度を変えてもだめです。意識が変わって流れを作らなくては、せっかくきっかけがあってもそちらには流れません。
私は意識を変える取り組みをずっとしてきています。
意識は一人一人の内側にあるものです。

その意識が深いところで気づき、同意しないと大きな流れはできません。
人間の意識はどんどん変わってきています。方向は二つしかありません。みんなで幸せな道を選ぶか、大きな犠牲を選ぶかです。どちらにも学びがあります。
ですから神さまは私たちに自分たちで選びなさいと言います。どちらにも学びがあるよ。どちらの学び方でもいいよ。
これはどんなことに関してもそうです。
私は大きな犠牲を見たくありません。
私が沖縄を好きなのは、沖縄の人たちはあまりに大きな犠牲を体験したので、みんなで幸せを選ぼうととても努力しているところです。
この沖縄を見習ってください。
沖縄の人は謙虚で恥ずかしがり屋さんですから、あまり強く言いません。これを言えるのは私のようなしまないちゃーです。
れいわ新選組がやろうとしていることは、大きな犠牲を防ぎ、本当の人間のしあわせをみんなと分け合って、喜び合える世界を創ることです。人間にはその力が与えられています。それができると肌で実感している人たちの集まりです。私もそれを肌で感じます。意識の奥そこから、その真実味を感じます。瞑想をやってきたからより深くそれがわかるのだと思います。これ以上、悲惨な世界を見たくない人はどうか、今回、選んでください。せめて次の世界に希望を残して、バトンを渡したいのです。
好き勝手に自分のことばかりに必死で生きて、地球の資源を消費して、地球の生き物を食べて、毒をまいたり毒にやられながら毒を残して死にたくありません。

今回れいわ新選組にいる方々の中に、自分と近い世代の方がいることに救われています。
私は夫を始め、ひとまわり下の世代の友達に本当に救われて生きてきました。私を友人として受け入れてくれた年下の優しい魂の人たちに。
私はバブルもその頃のバカ騒ぎも人の傲慢さも貧しい人への侮蔑や冷たさも、バブル崩壊後の人々の心の貧しさも虚無感も生々しく覚えています。お金のために嫌なこともたくさんしました。本当に食べられなかったからです。
自分のことで必死でした。
自分が属することのできる何かを探しましたがなかなかみつかりませんでした。
同世代の人たちがどんな幸せをどうやってみつけているのか、どうやって希望を見出しているのか、わかりませんでした。
それが今回少しみつかった気がします。
この希望にかけてみませんか。
この世に形を持ってようやく現れ始めたのだと感じています。
YouTubeに動画がたくさんあります。
心惹かれる方はみてみてください。
AZU拝

www.youtube.com

便利に生きるための知恵と幸せに生きるための知恵

今日はウチャトー。わが家の火の神さんからは沖縄独特のお線香の香りが漂っています。

先日は「こんなこと言うとおかしいかもしれませんけど、目覚めたいんです」というテーマでセッションにいらしてくださった方がいました。おかしいでしょうか?私にとっては王道中の王道のテーマでとても嬉しかったです。

人は生まれてきたからには死ぬまで生きますが、生きているぞ、という実感を持って今を生きる人がどれだけいるでしょう。人はどこから来てどこへ行くのか。なんのために生きるのか、という問いこそが人の本質に関わる問いです。

その問いを持って生きているといろいろな返答に出会います。例えば、そういう問いは愚問だ。人はただ生きるのだ、というような答えもあります。

もしかしたらそうなのかも、と信じてしまう時期もありました。なぜなら、誰もが心のどこかに持っているはずの当たり前の問いなのに、その答えの片りんを持って生きている人があまりに少ないようにこの世が見えたからです。

自分は無意味な問いに人生を費やしてしまっているのかもしれない。そう思えても無理がありません。

昨日はTwitterで、こんな記事を見ました。ある日本人があるカナダ人から言われたそうです。

「日本人て世界で一番芸能ニュースにアクセスしてる人たちなんでしょ、こっちは中学生から環境問題の話とか政治の話を普通に話すよ」って言われた。調べたら本当だった。

芸能人のはしくれの家族に生まれ、自分もはしくれにいた身ではありますのでいろいろと思うところもありますが・・・今はその日本人の集合的意識を政治利用する世の中ですし、発信する側の意を得た世相にまんまと陥っていると感じます。

私たちはただ生きているだけだとそうなります。慣習に流されます。そして悪事を働いた覚えがなくても知らないうちに様々な悪意に加担し隠された悪に上書きを加えています。

グレイテスト・ショーマン」という映画、二度目の鑑賞をしました。私は割と二度見するほうなのですが夫が進んで二度レンタルした映画はこれとあとひとつだけです。

私は二度目が更に良かったです。そこには人間の自我からにじみ出る様々な対立が網羅されています。

上流階級の出の白人男性が黒人女性に恋をし、初めてデートに誘った劇場で両親と鉢合わせします。すると父親が「お前、恥ずかしくないのか、メイドを連れて歩くなんて」というのです。女性はその場を立ち去り、あとを追った男性が女性に「(両親は)心が狭いんだ」と謝罪するのです。

私はこの「心が狭いんだ」というセリフが的を得ていると感心しました。

この両親は多分、当時のアメリカの世相においてごく良識ある人々なのです。その良識の中では黒人=奴隷、つまり人権と尊厳のない、人の型をした売買されるべき労働商品であり、たとえ法律で解放されていたとしても、そもそもがそういう存在だという認識なはずです。

それは歴史であり現実です。歴史や体験からくる概念を信じて疑う余地がないのです。心が概念で占められているから心が狭いのです。

私たちの心はこういう概念で占められています。今も。誰もが。だから、相互理解が難しく、新しい視野や見解、そして未知の体験に進もうとする時は必ず、この概念がストッパーとなります。

私たち人間は知恵や経験値という名の概念のかたまりです。潜在意識の中身はほとんどそれです。

体験によって学ばれカテゴライズされてラベリングされた概念は、いつか融合され統合されて行かなくてはなりません。私たちが等しく心を持ち、その心を占める概念を精査し解体して手放すと、内側にスペースが生まれます。スペース、つまり宇宙です。そのスペースこそが私たちの分断された意識をひとつにつなげてくれる、神の住処です。

多くの人は神を疑いはしますが、概念の方は疑いません。なぜなら概念は経験に基づいているからです。肉体に刷り込まれた記憶だからです。自分の肉体が知らなくても先人が刻々と刷り込んだ集合意識を信じています。本能的に私たちはそれを知っているし、知っているほうが、この世において有利だということを知っているのです。

多数派に人はなびきます。慣習に人はのまれます。それが有利だと本能が知っているからです。(便利に生きるための知恵)

しかし本能に逆らってでも、魂は未知へ、更に広い視野へ、より崇高な自己へと人を連れて行こうとするのです。(幸せに生きるための知恵)

真理を探究することは、このように無意識に刷り込まれている無数の概念の棘を自分から抜き去るようなことです。棘を抜いてみると初めて人は、棘のないスペースを実感できます。棘にまみれた自分が自分で気づける棘の数はたかが知れています。神という光に照らしてもらって、自ら鏡に向き合ってみて初めてあるがままが見えるようになります。

AZUさんに鏡になってもらいに来ています、とおっしゃってくださる方もいます。曇りをなるべくよく祓ってもらえるように神から離れずにいたいと思います。

最後に、ただひとつの神しかないと言いながら火の神を拝むのかと思われるかもしれませんので一言。

ただひとつの神がわかると、すべての背後にある神がわかります。ひとつしかないというのはすべてであるということなのです。すべての人、すべての存在の背後に神が在ります。すべてはただひとつの神の心の中に在ります。

AZU拝


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