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トータルヒーリングスペースRUACH[ルーア]心のセラピストAZUのしあわせになるメッセージ

瞑想への近道

みなさん、こんにちは。

昨日は氷点下まで気温が下がりました。

桜はまだまだこれから、と思っていたら周辺の見ごろはどんどん過ぎてしまいそうです。

札幌より寒いと噂の信州諏訪・岡谷市からお送りしています。

 

前回の瞑想会でいただいたフィードバックの中で、

「瞑想についての概念が変わった」

という嬉しいお言葉を複数いただき、ああ、そうかと自分の中で気づきがありました。

 

「瞑想というと、呼吸法を正しくやって、無になり空になり、雑念が出てきたら『喝!』みたいなイメージがあったんですけど・・・」

とおっしゃっていただき、ああ本当にそれですね!と思いました。

 

同じようなご感想はこれまでもたくさんいただいていたのですが、自分がヒプノセラピーという「二人でする瞑想」に慣れすぎているためか、瞑想へのハードルがちょっとぼやけていたのかもしれません。

 

ヒプノセラピーというのは、誘導によって瞑想に入っていただくことによるセラピーなのですが、瞑想未体験の方でも産まれた直後や胎内の記憶、また、それ以前に魂が体験した別の肉体の記憶まで思い出し再体験することができます。

そして更に真の自己意識と言えるハイヤーセルフとの対話も可能です。

つまり、いかに簡単に瞑想状態に入っていただけるかが重要なミッションなのです。

 

誘導瞑想は、瞑想の波長(脳波やその他の電磁的、音波的、エネルギー的周波数)の共振を誘発する役割をします。

共振しあうことで意識の壁を容易に超えて、共に深みに入れるのです。

 

「みんなで手をつないで一緒に海に潜るみたいに」というフィードバックをいただきましたが、まさにそうです。

そうすると一人でもがくより水の抵抗もうんと少なく、すんなり潜れます。

 

更にその中に一人、何度も何度も潜りを経験したインストラクターがいれば、ますます安心ですいすい潜れます。

間違いないかな、大丈夫かなと恐る恐る潜ると、無意識に防御したり抵抗したりしてしまうものですが、身を任せて安心するほど楽に進むのです。

 

想像すればわかっていただけると思いますが、一人でやって一人で納得するのはとても難しいものなのです。

古来から瞑想は師匠についてやるものであったというのは、先生の意識の磁場に引っ張られて同調できるということと、仕組みの理解、そして内側の実際の状態を確認する、という意味があったと思います。

 

瞑想会ではそれが全部可能だから楽しいのです。

師匠なしにでもそれを可能にしてくれるのは、神の教師は個々の内側にあることがわかっているからです。

 

仕組みという意味では私は一元論という真理を採用し信頼しています。

どういうことかというと、神は心だけにある、という見方です。

その見方をするだけで、瞑想はとても簡単になります。

 

内なる神に会いに行こうと思って肉体の目を閉じ座ることが瞑想です。

早く会いたければ、邪魔しようとする自我をなだめてあげるだけなのです。

自我は防衛することが使命なので、「敵はいないよ。だから出番はないよ」と教えてあげるのです。

そのために使えるのが呼吸なので、この上なく平和な時にする呼吸を再現するのです。

私はその時「ほほえんでください」と言います。

心の目線を微笑みのまなざしにして、その目で呼吸を見守るのです。

深い瞑想に入ると自然こうなっているのですが、呼吸は意識的に自律神経にアクセスする手段なので、もう先に微笑みを呼吸に乗せてしまいます。

 

そうすると自我は「ああ、平和なんだな、じゃあ休もう」ということになって、操縦の手をちょっと緩めてくれます。

 

そうすると潜在意識のふたが緩み、その奥へと降りることが容易になります。

そして潜在意識の見物もできますが目的はそこではなく、その奥の真の自己(神の子としての自分)そしてその生みの親である神の元へ、その懐に抱かれにゆくことができます。

 

真の自己に戻ると私たちは自我の目的から離れ、真の目的を思い出します。

それを教わる形で認識したり、直覚的に理解したり、共振という感覚で体験したりします。

或いはただただ愛に浸る、愛のように広がる体験の時もあります。

懐かしい、本当の、矛盾と葛藤の無い、自由な、超越的感覚としての体験もあります。

 

それらは潜在意識の情報というものとは違っています。

潜在意識は肉体の体験の記憶であり、真の自己のほうは、心の、魂の、記憶です。

アカシックなどと言われるのは潜在意識の図書館なので、宝の場のように言われていますが、それらはおそらくこの世のものです。

 

瞑想には目的すら持ってはいけない、とか、なにも求めないでやるんだ、とか、もう不条理劇みたいな表現が世の中にはたくさんあります。

そうでないと、自我がむくむくと自分の目的を掲げて、瞑想を呪縛にしてしまうからなのです。

 

内側に実在する真の自己を目的に瞑想すると、自我ががんばることなく、そっちに向かいさえすれば、神のほうから迎えに来てくれます。

ですから内なる導きにお任せすること。

導きの邪魔をなるべくしないことが、留意すべき点になります。

 

神がお迎えに来るのはあの世に行くときではないんです。

死は無いし、心は永遠に在ります。

いつ選ぶかだけが、神への道です。

 

次回瞑想会は4月21日㈰午前10時からです。

皆さんのご参加を楽しみにお待ちしています。

 

感謝とともに

AZU拝

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