スピリチュアルと現実とのバランス、という言葉をよく目や耳にする。
その多くは、現実とは物理次元や現実社会のことを指しているのではないかと思う。
物理次元とスピリチュアルというものを二分して捉えている以上は
スピリチュアルごっこをしているようなもので
本質からはまったくずれていて、どこにも行き着かないだろうと思う。
わかったつもり、我発見せり、と思っても
実際は、それもまた過ぎ去るものの一つでしかない。
人間の幸せを探求していくと、それは悟りに繋がる。
悟りというとなんとなくうさんくさくて敬遠されそうだけど
どんな環境、どんな状況、どんな人でも幸せになる道を探せば
悟り、という道がもっとも、シンプルでやさしい方法だと思う。
それ以外のやり方は困難を極める。
逆に言えば、どんな環境、どんな状況、どんな人でも
幸せにつながる道を示すのが、悟りへの道だと思う。
悟りは本来あるがままのみなもとへの気づきであり
スピリチュアルは本来あるがままの世界を指す。
もしスピリチュアルに目覚めたら、
スピリチュアルの外側に世界はなくなる。
それこそが現実だからだ。
アシュターヴァクラ・ギーター