私は子供の頃から数え切れないほど死にたいと真剣に思った。 誰か真剣に止めてほしかったけど、大人はろくなことを言わなかった。 やみくもに、死ぬのは悪いことだ、死ぬのは「いけないことだ」と言う。 そのわけが知りたいのに。 ただやみくもに「いけないから」と言う大人はきっと、 本当に死にたい子供の気持ちがわからない、だめな大人だと私は思った。 そんな人が私のような目に遭ったら絶対に耐えられないだろうと思った。 そんなやつに説教されるなんてまっぴらごめんだった。 そんな時読んだ、曽野綾子さんのエッセイに私は始めて心からうなづけるものを感じた。 「自殺は永久の仕返しです。相手を永久に許さないという行為です。」 とそこには書いてあったのだ。 私はその時、ああなるほどなと思った。 自殺する子は、どうしてすると思います? いじめられて痛いから?恐いから?存在を続けられないから? 違います。 彼らは尊厳を傷つけられることに耐えられないのです。 そして、傷つけた相手が誰からも罰せられないことに怒っています。 みんながなぜそれを許すのか、理解できないのです。 先生は?親は?社会は?法律は?神さまは? ですからこの世界に絶望し、自ら彼らを罰しようとしています。 文部科学省の住所を調べてわざわざ切手を買ってポストに投函するという情熱は並ではありません。 彼らは弱くて死んじゃうわけではありません。 「自殺は永久の仕返し」 私はその通りだと思いました。 私の人生はそんなことのために始まったのだろうか?と私は思いました。 理不尽なことをする人間もいつか気づいて理解し悔い改める時が来て その時私も自分に恥じることなく生きていたいと思いました。 そんな時を味わいたい。 いつか、全部が、「そうだったんだ。これだったんだ。」と感じられる時が来るまで がんばろう、と。 いじめは昔からありました。 ありましたよね? それを怒ってくれる大人がいないことが問題なのでは? 心の底から尊厳を守ろうとする人がいないのが絶望なのでは? いじめる子供を化け物のように言うのはやめましょうよ。 おとな、がんばろうよ、もっと。