2月も瞑想会をさせていただくことができました。誘導瞑想のガイドをさせていただいていますが、今回は完全にすべてがクリアになった瞬間を感じました。
瞑想についてお話するのはあまりに大変なことです。でもその一点を共有することができれば多くの言葉はいりません。
瞑想は、そして自己探求は、私たちが「信頼する者」になる道です。
ご参加いただいた方の言葉を少し書かせてください。
(内なる光を体験されて)朝、おひさまがあれば心も晴れるけれど、どんよりした日は心も沈んでいた。でも内側にこの光があるのであれば、天気によらずいつでも晴れやかでいられる。
(境界のない世界を体験されて)初めて境目がない世界がわかった。隔たりがなければ孤独も寂しさも、ないのではないか。
夫はいつも、瞑想なしにどう生きていいかわからない、と言います。
それは瞑想がためになるものを与えてくれるから、などということではなく、自分自身になるための方法だからなのだと思います。
私自身はこのように思います。
私から瞑想や心の探究を取ったら、何が残るのでしょう。それが始まる前、私は世界とすべての人と自分自身を誤解していました。生きるということや、愛というものを理解していませんでした。自分という存在との付き合い方を知らず、扱い方を誤り、自分の中にあるもののほとんどを放棄していました。誤解と過ちというフィルターで世界を眺め、不可能に満ちた世界で、生きた気になり人生を終えてしまうところでした。
そのすべてを変えてくれたのが瞑想と心の探究です。